楽しむ
公共施設 / 【文化・教育】桜ヶ丘ミュージアム(地域文化広場内)
2008年2月26日
豊川海軍工廠展、戦時資料展−兵役と人々−
豊川海軍工廠展
桜ヶ丘ミュージアムでは、昭和14年に建設され「東洋一の兵器工場」と謳われた豊川海軍工廠について知っていただき、私達の街にもあった戦争について考えていただこうと、毎年夏の時期に「豊川海軍工廠展」を実施しています。
また、戦時資料シリーズ展の5回目として「兵役と人々」をテーマに同時開催します。
◆ 会期 平成19年7月21日から9月2日(月曜休館)
◆ 時間 午前9時から午後5時まで
◆ 会場 桜ヶ丘ミュージアム 特別展示室ほか
◆入場料 無料
豊川海軍工廠は、海軍兵器の生産を目的として昭和13年に旧宝飯郡豊川町・牛久保町・八幡村にまたがって建設することが決定され、昭和14年12月15日に開庁しました。機銃及び弾丸や艦船で使用する測距儀、双眼鏡、射撃装置などを生産し、機銃の生産に関しては日本最大の規模でした。
工廠の発展は、人口の増加や各町村の結びつきを強めることとなり、豊川市の誕 生・発展に大きな影響を与えました。しかし、昭和20年8月7日の米軍B29爆撃機124機とP51戦闘機45機による空襲により壊滅的な被害を受け、2,500人以上の人が犠牲となりました。
本展では、当館が収蔵する海軍工廠の生産品・工具・生活用品などの資料や写真パネルなどを展示します。
戦時資料シリーズ�
兵役と人々展
日本の徴兵制は明治5年の「全国徴兵に関 する詔」及び明治6年の太政官布無号「徴兵令」 の布告による国民皆兵制がとられたことに始ま ります。また、昭和2年には徴兵令は廃止され、 引き換えに兵役法が公布され、日本の男子は満 20才になると徴兵検査を受ける義務を課せられました。
戦争の激化に伴い徴兵検査を受けた人のうち 現役兵として徴収された人の割合は年々増えていき、 これらの人々は通称「赤紙」と呼ばれる臨時 召集令状によって徴収され、戦地へと赴いて行 くこととなりました。
本展では、戦地へ赴いて行った人、また、そ れらを支えた人々に関する資料を展示します。
[桜ヶ丘ミュージアムトップページにもどる]
桜ヶ丘ミュージアムでは、昭和14年に建設され「東洋一の兵器工場」と謳われた豊川海軍工廠について知っていただき、私達の街にもあった戦争について考えていただこうと、毎年夏の時期に「豊川海軍工廠展」を実施しています。
また、戦時資料シリーズ展の5回目として「兵役と人々」をテーマに同時開催します。
◆ 会期 平成19年7月21日から9月2日(月曜休館)
◆ 時間 午前9時から午後5時まで
◆ 会場 桜ヶ丘ミュージアム 特別展示室ほか
◆入場料 無料
豊川海軍工廠は、海軍兵器の生産を目的として昭和13年に旧宝飯郡豊川町・牛久保町・八幡村にまたがって建設することが決定され、昭和14年12月15日に開庁しました。機銃及び弾丸や艦船で使用する測距儀、双眼鏡、射撃装置などを生産し、機銃の生産に関しては日本最大の規模でした。
工廠の発展は、人口の増加や各町村の結びつきを強めることとなり、豊川市の誕 生・発展に大きな影響を与えました。しかし、昭和20年8月7日の米軍B29爆撃機124機とP51戦闘機45機による空襲により壊滅的な被害を受け、2,500人以上の人が犠牲となりました。
本展では、当館が収蔵する海軍工廠の生産品・工具・生活用品などの資料や写真パネルなどを展示します。
戦時資料シリーズ�
兵役と人々展
日本の徴兵制は明治5年の「全国徴兵に関 する詔」及び明治6年の太政官布無号「徴兵令」 の布告による国民皆兵制がとられたことに始ま ります。また、昭和2年には徴兵令は廃止され、 引き換えに兵役法が公布され、日本の男子は満 20才になると徴兵検査を受ける義務を課せられました。
戦争の激化に伴い徴兵検査を受けた人のうち 現役兵として徴収された人の割合は年々増えていき、 これらの人々は通称「赤紙」と呼ばれる臨時 召集令状によって徴収され、戦地へと赴いて行 くこととなりました。
本展では、戦地へ赴いて行った人、また、そ れらを支えた人々に関する資料を展示します。
[桜ヶ丘ミュージアムトップページにもどる]