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豊川市 きらっと☆とよかわっ!
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都市計画ってなに?~第6回昔の豊川市と都市計画~

更新日:2014年11月25日

昔の豊川市ってどんなまちだったか知ってますか?

ここまで、5回のコラムで、都市計画による土地を利用するためのルールや道路、公園など、都市計画の種類をいくつか紹介してきました。

都市計画によるまちづくりの歴史は古く、豊川市でも昭和のはじめには道路が都市計画決定され、昭和40年代には市街化区域と市街化調整区域に分けられています。

まちイメージ

では、これまで豊川市はどの様に発展してきたのでしょうか。都市計画はどの様に関わってきたのでしょうか。

そこで今回は、豊川市の古い地図から豊川市のまちを見てみます。

昭和32年当時の都市計画基本図
昭和32年当時の都市計画基本図

上の図面は昭和32年の豊川市諏訪付近です。すでに市役所があり、郵便局も今の位置と同じ位置にあることが分かります。

いっぽうで、地図の下のほうを見ると佐奈川がありますが、佐奈川の周りはまだ家があまり建っていないことが分かります。また、地図の右上を見ると、競馬場、豊川グランドとあります。ここは現在、桜ヶ丘ミュージアムになっている場所です。

昭和43年当時の都市計画基本図
昭和43年当時の都市計画基本図

昭和61年当時の都市計画基本図
昭和61年当時の都市計画基本図

平成18年当時の都市計画基本図
平成18年当時の都市計画基本図

古い地図を順に見ていくと、豊川市が徐々に都市化していく様子が見て取れます。

さて、その古い地図で区域区分(建物を建てられるエリアとそうでないエリアを分ける都市計画)の境界線付近を見てみます。

※建物を建てられるエリア=市街化区域,そうでないエリア=市街化調整区域

昭和32年の都市計画基本図
昭和32年の都市計画基本図

昭和54年の都市計画基本図
昭和54年の都市計画基本図

昭和61年の都市計画基本図
昭和61年の都市計画基本図

平和18年の都市計画基本図
平和18年の都市計画基本図

どうでしょうか。市街化区域の中がだんだん都市化し、市街化調整区域は都市化があまり進まないことが見て取れます。

このように、都市計画によってルールが決められ、そしてそのルールを皆で守ることで、住みやすく、暮らしやすい豊川市が出来ていきます。
(市街化調整区域は建物を出来る限り建てないエリアですが、そこでも一定のルールを守って建てることが可能です。決して市街化調整区域に建物を建てることが悪いこと、と言う訳ではありません。)

まちイメージ

これからも、ルール作りやルールを守る場面で市民の皆様のご協力を頂きながら、住みやすい、暮らしやすい豊川市となるようまちづくりを進めていきたいと考えています。

☆都市計画課では、豊川市内の昭和32年以降の古い地図(都市計画基本図)を見ていただくこと、ご購入いただくことが出来ます。詳しくは、都市計画課計画係までお問い合わせください。

※このページ内で記載した区域区分の境界は現在の位置を示したものであり、各地図の作成時点の区域区分を示すものでは有りません。また、縮尺等はホームページの閲覧システム環境に左右されますので、参考図としてご覧ください。

お問い合わせ

都市整備部 都市計画課
所在地:442-8601
豊川市諏訪1丁目1番地
電話:0533-89-2169 ファックス:0533-89-2171

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豊川市役所

〒442-8601 愛知県豊川市諏訪1丁目1番地 電話:0533-89-2111(代表)
開庁日時:月曜から金曜 午前8時30分から午後5時15分 閉庁日:土曜・日曜、国民の祝日、年末年始(12月29日から1月3日)
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