豊川に根差し、ブラジルとの懸け橋に

更新日:2026年04月23日

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外国語通訳 矢野アブラハン修道
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多くの外国人が暮らす豊川市。市が目指しているのは、国籍を問わず誰もが心地よく過ごせる「多文化共生社会」。
言葉の壁を低くするための「やさしい日本語」の普及や、多言語による情報発信、さらには、窓口での通訳サポートやゴミ出し・防災ルールの講習会まで、その支援は生活の全般にわたる。行政と住民の橋渡し役となる「外国人キーパーソン」の養成など、互いに助け合える仕組みづくりも着実に進んでいる。
そんな豊川市役所の窓口に、ひときわ明るい笑顔を振りまく男性がいる。ポルトガル語・スペイン語の通訳として働く、矢野アブラハン修道さんだ。ブラジルから来日して37年。山あり谷ありの半生を経て、この街に深く根を下ろした。
「困っている人の力になりたい」。その純粋な想いと、波乱に富んだ歩みを聞いた。

ブラジルから豊川へ。全国を巡り、たどり着いた「居場所」

日系2世としてブラジルで生まれ育ち、日本はずっと憧れの国だった。両親から聞かされた話、文化や言葉への親しみ、「いつか行ってみたい」という思いは、子どもの頃からずっと心の中にあり、大学時代には留学まで考えていた。
しかし憧れとは裏腹に、来日の直接的なきっかけは時代の荒波だった。当時のブラジルは深刻な不況の真っただ中で、出稼ぎ先を求めて訪日するブラジル人は少なくなかった。自分の家族もその渦中にあり、「日本に帰りたい」という両親の願いが最後の一押しとなり、来日を決めた。

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家族が栽培していた、広大なメロン畑の一角(ブラジル・パラ州)


 

平成元年(1989年)、両親と兄弟の5人で来日。期待と不安、ふたつの気持ちを抱えながら、豊川市での暮らしがスタートした。
ただ、自分自身は豊川市から離れ、群馬の草津温泉や大阪など各地を転々としながらサービス業や製造業などで働いた。父母と兄、弟が豊川市で生活を続ける中、自分だけが落ち着かない暮らしを続けていた。
転機となったのは、大阪の派遣会社での経験だ。徐々に覚えた日本語を使い、病院への付き添い、面接の通訳、空港への送迎など、ブラジル人労働者を支えるさまざまな場面で、初めて「通訳」という仕事をし、そこにやりがいを感じた。「人が好きですし、人の役に立てるって本当にうれしいんですよね。それが今の自分の原点だと思います」。
そして平成16年(2004年)、再び豊川市に戻った。高齢になった両親のそばで、妻と娘と暮らしながら、市内の企業に通訳として勤務。併せて兄の仕事を手伝ったり、親族と弁当屋の経営をしたり、豊川市に定住してさまざまな仕事をした。

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ブラジル時代の家族写真(後列左から2人目)

リーマンショックの試練が、天職への扉を開いた

順調に見えた生活が一変したのは、あのリーマンショックだ。仕事を失い、生活の見通しが立たない日々が続いた。そんな中で平成21年(2009年)、目に留まったのが豊川市役所の通訳募集のチラシ。思い切って応募すると、縁あって採用が決まった。リーマンショックは辛い時期だったが、あの試練があったからこそ、天職ともいえる仕事に巡り合えたと今は思っている。
仕事は、ポルトガル語とスペイン語の通訳。常勤の職員として、ブラジルやペルーの人たちの「困った」を解決する手助けだ。相談は、転入をはじめ、子どもの入園入学から、児童クラブへの登録、納税、医療支援などさまざま。各課の窓口まで同行して通訳する場合がほとんどだ。「休み明けは特に忙しく、1日に30人ほど対応することもあります。でも、人と話すことが大好きなので、ちっとも苦になりません。毎日が充実していて、自分にとって天職だと思っています」。

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ブラジルから転入した住民に書類の記入方法などを説明


 

自分自身が苦しい暮らしをした経験があり、相談相手の気持ちが痛いほどわかる。だからこそ、ひとり一人に寄り添ったアドバイスがしたいと思う。「若い外国人の相談には、つい親心で、『無駄遣いせず、一つの場所で長く勤めたほうが将来のためだよ』と熱が入ってしまうこともあって(笑)」。昔の自分と重ね合わせてのことだ。
そんな試行錯誤の毎日だが、やりがいは、人々から直接もらう「ありがとう」の声。そして新しい出会い。ベテラン通訳になった今でも、それらが自分を支えている。

 

豊川だから、家族みんなが根を張れた

豊川市に住んで37年になった。このまちの都会すぎず、静かで落ち着いたところが気に入っている。それでいて生活に必要なものはそろっていて、大きな渋滞もほとんどない。本当に暮らしやすいまちだと思っている。ブラジル人は賑やかなイメージを持たれることも多いけれど、実は穏やかな環境を好む人も少なくない。豊川市の「ちょうどよさ」は、外国人住民にとっても心地いい。
妻は、ブラジルでの教員経験を活かして市内の小学校で指導助手をしていて、娘は豊川市国際交流協会に勤めて5年。一家でブラジルと日本の架け橋になる活動に関われてうれしい。

「これからも豊川市で、みなさんの力になりたいと思っています」

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右から妻と娘(豊川市内で)

60代も現役。サッカー、駅伝、活動的に

私の生活に欠かせないのがスポーツ。マラソンは20年間続けていて、毎年6月には豊川リレーマラソンに多国籍チームで出場。11月のトヨカワシティマラソンにも参加している。でも一番好きなのはサッカー。ブラジルの国民的スポーツだ。

今は週に1回、豊橋の「オーバー40」のリーグに参戦している。豊川市内に「オーバー50」のチームがあると聞いたので、今後はそちらに入れてもらおうか、考え中。

長年、多国籍チームとして参加している豊川リレーマラソンで

長年、多国籍チームとして参加しているトヨカワリレーマラソンで

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シニアサッカーのみんなと(赤塚山・スポーツ公園サッカー場で)

DATA

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矢野 アブラハン修道(やの・あぶらはん・おさみち)

ブラジル生まれ。日系2世。平成元年に来日し、全国各地での製造業・通訳業務を経て、2004年に豊川市へ。2009年より豊川市役所でポルトガル語・スペイン語の通訳として勤務。趣味は週1回のシニアサッカーと、20年以上続けるマラソン。妻と娘の3人暮らし。
 

 

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