教員から木工旋盤の世界へ。たどり着いた安住の地
木工旋盤「工房+niko」 横井清
長年、教員として子どもたちと向き合ってきた横井清さん。第二の人生として選んだのは、木と向き合うものづくりの道だった。
豊川の里山に工房を構え、地元の人たちの温かさに触れ、木工を通じて人と人がつながる場をつくりながら、地域の魅力を伝える新たな挑戦にも踏み出そうとしている。
スポーツに明け暮れ、体育教師を志す
名古屋市で生まれ育った。子どもの頃から野球やサッカー、陸上など、さまざまなスポーツに熱中していた。中学から大学まで続けたのがソフトテニス。中学時代の恩師に強い憧れを抱き、いつしか体育教師を志すようになった。
恩師から教えられた「一つのことを10年続けろ」という言葉は、その後の人生を支える大きな糧となった。
高校時代は県大会まで進んだものの、インターハイ出場には届かなかった。その悔しさから、「高校の教員になって、いつか指導者としてインターハイに出よう」と決意する。
3年生の夏休みから猛勉強に励み、国立・広島大学へ進学。当時、高校の教員免許を優先的に取得できる大学は少なく、地元での進学を望む親を説得しての進学だった。
大学時代もソフトテニスに打ち込み、全日本大学ソフトテニス王座決定戦で上位入賞を果たすことができた。この時の仲間たちとは、今でも交流が続いている。
「振り返ってみても、本当に楽しい学生時代でした」

大学生最後のソフトテニス大会で優勝(左)
充実した教員生活。その一方で膨らんでいった疲労と罪悪感
大学卒業後はすぐに愛知へ戻り、非常勤講師を経て高校の体育教師に採用された。
最初に赴任した学校は、喫煙や鼻ピアスが当たり前で、廊下をロケット花火が飛び交うほど荒れた環境だった。それでも、生徒たちと真正面から向き合う毎日に、確かなやりがいを感じていた。
ソフトテニス部の顧問も務める。その後、愛知青少年公園(現在の愛・地球博記念公園)への出向を経て再び高校現場に戻ると、ソフトテニス部の顧問として熱心に指導を続けた。
そして2010年と2015年、部員たちがインターハイ出場を果たす。2度とも自分が転勤した直後の大会だったことは残念だが、念願を果たせたことには違いなく、とてもうれしかった。
長年思い描いてきた夢を実現した一方で、教員生活は次第に心身への負担が大きくなっていった。
早朝の朝練から夜遅くまで続く事務作業。土日には遠征や大会役員としての活動もある。休む間もなく働き続ける日々の中で、少しずつ疲労が蓄積していった。
同時に、他人の子どもたちには熱心に指導しているのに、自分の子どもと過ごす時間さえ持てないことに、強い罪悪感を抱くようになった。
妻も教員で、仕事への理解はあった。しかし、3人の子育てはほとんど任せきり。家族との時間を犠牲にし続ける今の働き方に疑問を感じ、「定年を待たずに、別の道を歩むべきではないか」と考えるようになった。
きっかけはコロナ禍。木工旋盤との出会い
そのころ、大きな転機が訪れた。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、突然、部活動などが制限されたのだ。
長年、暇なく働き続け、そこで初めて「休み方がわからない自分」に気付いた。
そんな時、妻に誘われて参加したのが、木軸ボールペン作りの体験だった。
目の前に現れたのが、木材が高速で回転する木工旋盤。削られることで少しずつ形を変えていく木材を見て、その面白さにすっかり魅了された。
「これが本当に面白くて。夢中になりました」
その後、岐阜県の工房「ツバキラボ」に定期的に通うようになった。多忙な教員生活の合間に、無心になってものづくりと向き合う時間。それは、何にも代えがたい心安らぐひとときになった。
やがて「もっと本格的に木工を学びたい」という思いが強くなっていく。ツバキラボの指導者からの助言も後押しとなり、人生の大きな決断を下した。
2023年3月、29年間勤め上げた教員を退職。
岐阜県立森林文化アカデミーの森と木のクリエーター科木工専攻へ入学し、第2の人生への挑戦をスタートさせた。
「ものづくりを通して、人々が休める場所となる木工旋盤の工房を作りたい」

木工旋盤の世界に入るきっかけになった「岐阜県立森林文化アカデミー」
木工を学ぶ仲間たちと(中央)
運命に導かれた豊川での挑戦
アカデミーで2年間、森林環境や木工の技術をみっちりと学んだ。胸に抱いていたのは、「ものづくりを通して、人々が休める場となる木工旋盤の工房を作りたい」という思い。実現に向けて工房を兼ねた家を探し始めた。
しかし、木工旋盤は大きな音や振動が出るため、住宅街での作業には難しさがある。当時暮らしていた愛知県みよし市では作業環境を確保することが難しく、思い切って移住することを決めた。
県内各地を探し回る中で出会ったのが、とても親切な不動産屋だった。その縁から紹介されたのが、豊川市萩地区の里山にある一軒の空き家だった。
緑豊かな自然に囲まれ、工房を構えるには理想的な環境。建物は部分的にリフォームした。工房の木の壁は、森林文化アカデミーの木造建築専攻の仲間が設計してくれ、専攻を超えた仲間たちが建築を手伝ってくれた。
「この壁が無かったら、工房 +nikoはスタートできなかった。本当に仲間たちには感謝しています」。
工房の壁づくりは、森林文化アカデミーの仲間とともに

木工を通して巡り合えた、かけがえない仲間たち
こうして2025年5月、念願の「工房+niko」がオープンした。
「+niko」という名前には、「ここを訪れた人たちに、ニコッと笑顔になってほしい」という思いが込められている。
「自分自身、かつてものづくりに心を救われたんです。だから、作ったものを売るだけではなく、誰もがここに来てものづくりを楽しんだり、ほっと一息ついたりできる場所にしたいと思いました」

魅力にとりつかれた木工旋盤
「何も考えず、集中できる」のが心地よい
そこで挑戦することにしたのが、全国でも珍しい「シェア工房」というスタイルだ。木工旋盤をはじめとする、ものづくりを楽しめる場として、体験プログラムなども積極的に開催している。
小さなドングリのコマ

木工旋盤で木軸ペンを製作する様子
里山で感じる、人の温かさ
豊川で暮らし始めて、何よりも強く感じているのが、ご近所さんの温かさだ。
採れたての野菜を持ってきてくれたり、留守中に庭の草刈りをしてくれたり、犬の散歩ついでに立ち寄ってくれたり。
さらには、自主的に応援チラシを作って配ってくれる地元の事業者さんまでいる。
これまで、近隣住民の顔さえ知らないような地域に住んでいた自分にとって、こうした地域の人たちとのつながりは新鮮なものだった。
日々癒される田舎暮らし
2階から見える自然豊かな風景
かつての教え子たちが、サプライズで工房を訪ねてきてくれることもある。
これまでに築いてきた大切なつながりと、豊川で新しく生まれた地域とのつながり。その両方に感謝しながら、少しずつ活動の輪を広げている。
そして、木工旋盤の楽しさを知るきっかけとなった自作の木軸ボールペンは、今も現役だ。

工房を訪れ、オープンを祝ってくれた教え子たち
人生の転機になった妻と一緒に作った木軸ボールペン。
ものづくりを通じて、誰もが心安らぐ「居場所」を
豊川で暮らし、活動する中で、この地域への愛着はますます深まっている。
「今後は、この地域の豊かな魅力をもっと広く発信していきたい。豊川は、東三河の各市をつなぐ中心エリアで、本当に暮らしやすい場所だと感じています。移住者の自分から見ると、東三河は山も海もあって、自然豊かで面白い地域。でも、その魅力が外に十分伝わっていない気がして、もったいないなと思うんです」
そんな自分も、こうして移住するまで豊川のことをほとんど知らなかった。
「実は、豊川稲荷にすら足を運んだことがなかったんです」。
だからこそ、「自分にも何かできることがあるのでは」と考えるようになった。
その一つが、豊川を訪れる人たちに市内に宿泊してもらい、地域を楽しんでもらうこと。
現在は、工房兼自宅の広々とした和室などを活用した民泊も構想している。工房で木工体験をするだけではなく、例えば、自転車で地域全体を巡って楽しめる仕組みをつくりたいと考えている。
コミュニティハウスとしての利用も可能な、広々とした家

1周年感謝祭での琴演奏鑑賞(2階和室スペースで)
そして、もう一つ、思い描いている大切な未来がある。
それは、かつて長く教育現場に身を置いていた経験を生かし、不登校の子どもたちや子育てに悩む親たちが、木工を通じて心安らぐことのできる「居場所」をつくることだ。
「木を触って、何かを作っていると、自然と心が落ち着く。自分自身がそうだったように、ここが誰かにとっての居場所になればうれしい」
行政や地域とも連携しながら、木材の温もりと人々の優しさがあふれる、誰もが安心して過ごせる新たなコミュニティの拠点を目指す。
豊川の里山から始まった、第2の人生。
「一つのことを10年続けろ」。
憧れの恩師から受け取った言葉を胸に、29年間、教員として歩んできた。そして、木工という新たな道へ踏み出した今、地域に新しい笑顔とつながりが広がり始めていることを実感している。
様々な形状で仕上げたフラワーベース
作品を並べたショップ
DATA
横井清(よこいきよし)
元教員。29年間にわたり教育現場に携わった後、木工の道へ転身。
豊川の里山に「工房+niko」を構え、木の温もりを生かしたものづくりに取り組んでいる。
豊川での暮らしを通じて地域の魅力を再発見し、木工体験などを通して、訪れる人が豊川・東三河を楽しめる場づくりを構想。さらに、木工を通じて不登校の子どもや子育てに悩む親が安心して過ごせる「居場所」づくりにも取り組む。
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この記事に関するお問い合わせ先
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所在地:442-8601
愛知県豊川市諏訪1丁目1番地
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更新日:2026年10月01日