豊川市出身!姉妹プロレスラー が語る夢と地元への想い
女子プロレスラー 稲葉ともか・稲葉あずさ
女子プロレス界の新星―女子プロレスラーの稲葉ともか・あずさ選手。
豊川市初の姉妹プロレスラーとして、女子プロレスラー界で注目を浴びている。2人のルーツからプロレスへの情熱、そして地元豊川での凱旋大会に向けた熱い想いを聞いた。
生い立ちと家族
稲葉姉妹は、4人きょうだいの長女と次女として育った。実家は市内下長山町にある寺「徳宝院」。住職を務める父親は、空手道場「日本周山流空手道・無心塾」を開き、その指導にも力を入れている。
姉妹がプロレスと出会ったのは、ともか選手が8歳、あずさ選手が3歳の時。家族旅行で訪れた沖縄の国際通りで、たまたま行われていたプロレスの大会を観戦したことがきっかけだ。もともと母親がプロレスの大ファンだったこともあり、それ以降、定期的にプロレス観戦をするようになった。ちなみに男兄弟2人はプロレスをやらないが、観戦は楽しんでくれているようだ。

左から、妹あずさ、姉ともか

プロレスに導いてくれた母と(左あずさ、右ともか)

仲良し4人きょうだい
姉・ともか
父の姿に憧れて3歳で空手を始め、中学卒業まで続けた。空手は全国大会に出場する実力で、小学校低学年の時には全国ベスト8の成績を残した。

空手に打ち込んでいた小学生の時
空手以外にも、小学校では陸上(短距離)、中学校は空手部がなかったので柔道部に所属した。「空手と柔道は似たようなものだろうと軽く考えていたのですが、実際は全く違っていました。だから、柔道は全くダメでしたね~」。空手は殴る蹴るなど攻めが中心なのに対して、柔道は押したり引いたり、つかんで投げたりと、受け身の武道だったからだ。
でも、空手に加えてこの柔道の経験をしたことが、のちのプロレスに活かされることになる。「柔道部で教わった『危ないと思ったら投げられろ』という教えは、プロレスにおける『受身の美学』に繋がりました。今では、『受け』が得意なプロレスラーとして評価されているんですよ」。

一瞬の衝撃を分散させる、完璧な受け身(右ともか)
プロレスラーを目指したきっかけは、かつてプロレスラーになる夢を交通事故で断念した母親の夢を継ぎたいという強い想いから。そんななか、中学時代、父が寺にプロレス興行を呼び、そこで空手の演武を披露。それが現在の所属団体JTO(JUST TAP OUT)のTAKAみちのく代表の目に留まりスカウトされる。高校への推薦も決まっていたが、「この3年間を夢に費やしたい」と考え、受験数日前に辞退。プロレスの世界へ飛び込むことを決意する。中学卒業後すぐに団体がある千葉へ単身で渡り、プロレスラーの道を歩みだしたのだった。
しかし、デビューまでの道のりは決して平坦ではなかった。15歳で大人の世界に入り、礼儀作法や言葉遣い、練習環境に苦労。さらに、入団半年後には足首の靭帯を負傷。ケガから復帰しようとした矢先に交通事故に遭うなど、「不幸ガール」と自称するほど試練が続いた。
それでも「一度決めたことはやり遂げるまで諦められない」という強い意志と、まじめな性格によってリハビリを乗り越え、16歳で念願のプロレスデビューを果たした。

デビュー戦で初勝利!
妹・あずさ
あずさ選手も姉と同じく、4歳頃から空手を習い始めた。姉とは対照的に、痛いのが苦手な「弱々しい、ただの女の子」だったが、負けん気だけは誰よりも強かった。空手では運の良さも味方につけ、中学校最後の予選で勝利し全国大会へ出場している。
しかし、中学時代は一時的に「グレて」しまい不登校になるなど、荒れた生活を送っていた。ただその間も空手だけは続け、心の中にはプロレスラーになりたいという夢がふくらんでいた。

ともか同様、空手を習ったあずさ
プロレスラーを目指すきっかけは、ともか選手のデビュー戦を見たこと。「すごい、かっこいい。お姉ちゃんかっこいい」と憧れた。
一方で、道を踏み外しかけた妹を心配したともか選手も、「学校行かないんだったら、もう千葉に来ちゃいなよ」と声をかけ、中学2年生の時点で千葉の寮に誘った。最初は「習い事感覚」だったが、姉から「プロをなめるなよ」と喝を入れられながら、練習に励んだ。長い休みのたびに豊川から千葉に通い、プライベートはプロレスに集中。本格的に打ち込むようになると、プロレスが楽しくて仕方なくなった。
こうして、ともか選手の協力もあって、あずさ選手はメキメキと力をつけていった。

大好きなお姉ちゃん、ともか(右)と一緒に(中学卒業時)
中学3年生の終わりには15歳でプロデビューを果たし、JTO初の中学生レスラーという肩書きを手に入れた。卒業式の数日前のデビュー戦だったため、「プロレスラーとして中学校を卒業」という特別な経験をした。「先生や友だちも応援してくれて、学校ではデビューを機に不良から一躍人気者になりました。廊下に出るだけで『きゃー』とか言われて(笑)。最高の気分でした。私って本当にラッキーガールなんですよね」。

トップコーナーから繰り出される空中技「ムーンサルトプレス」(あずさ)
団体の女子トップを背負うプロレスラーとして
プロレスラーとしては、リング上では姉妹という感情を捨てて激しくぶつかり合う。顔面への蹴りや関節技も容赦なく繰り出す。信頼があるからこそ、遠慮なく思い切り、技を出せるのだと思う。試合後はアドバイスをし合ったり、お互いの試合から学び合って切磋琢磨をする、そんな関係だ。
2人が印象に残っているのは、あずさ選手のデビュー当時、姉が妹の指導にあたっていた時期だ。当時のともか選手は団体のトップ選手であり、妹の行動一つで自分の積み上げてきた評価を崩したくないというプレッシャーと、妹を引っ張らなければという責任感で気持ちがいっぱいいっぱいだった。あずさ選手にとってもスター選手の妹として見られるつらさがあった。「あの時期を乗り越えたから、今の私たちがあると感じています」。

2人で切磋琢磨した日々(左ともか、右あずさ)

ともか、初の2冠王者に

デビュー戦(あずさ)
あずさ選手は団体トップの姉の存在を目標とし、「姉越(あねごえ)」を掲げて、タイトルマッチを含め何度も姉妹対決を行ってきたが、ずっと勝利することはできなかった。しかし、ついに2025年5月のシングルマッチで、初勝利。さらに7月のタイトルマッチで、当時チャンピオンだったともか選手に挑戦者として挑んで優勝。第11代QUEEN of JTO王座を戴冠した。これは団体の頂点に立ったことを意味し、文字通り姉を越えてトップに立った瞬間となった。「あの、デビュー当時の苦しい日々があったからこそ、強くなれました。全部ともかのおかげです」。現在はJTOのトップに立つ。
トップの座を譲ったともか選手は、妹の成長を認めたうえで「次はやり返します」と前を向いている。

あずさのひざ蹴り技「姉越」

「姉越」の文字通りに、姉を越えたあずさ(右)
豊川凱旋大会への想い
プロレスの魅力について、ともか選手は「やられてもやられても立ち上がる姿」、あずさ選手は「お客さんの反応や声援」と話す。2人のプロレスラーとしての夢は、「地元豊川での自主興行と、海外での姉妹の活躍」。
その夢のひとつが、2026年に実現する。初の凱旋興行が2月23日にSinto Heart Arena(豊川市総合体育館)で開かれることが決まったのだ。「豊川をプロレスで熱く盛り上げたい。会場でプロレスを体感してもらい、私たちの戦いを見届けてほしいです」。
タッグを組むのか、それとも姉妹対決となるのか、対戦カードは当日のお楽しみだ。豊川市宣伝部長を務めるキツネと豊川いなり寿司を合体させたキャラクター「いなりん」との共演も熱望しており、地元を巻き込んだ熱い大会を目指している。
「豊川は住むのにちょうどいい平和なまち。地元から離れて暮らしている今だからこそ、実感しますね。ハードな毎日を送っている分、帰省すると本当に気持ちが安らぎます」。
「今後は、『豊川と言ったら稲葉姉妹』と言われるくらいの有名人になって、プロレスを見たことのない若い世代にプロレスを知ってもらいたい。プロレスラーになりたいという子どもたちに夢を与えられたらうれしいです」。

豊川市内での初興行PRで、竹本市長を訪問
DATA
稲葉姉妹(いなばしまい)
豊川市出身/女子プロレスラー/所属団体:JTO(JUST TAP OUT)
●稲葉ともか(2019年デビュー)
- ファイトスタイル: 「一撃必殺ともか蹴り」などの鋭い蹴り技と、多彩な関節技(~固め、~絞め等)を操る。
- 主なタイトル:QUEEN of JTO(第2代・4代・7代)/第8代 センダイガールズワールドジュニア/JTO GIRLSタッグ初代王者
- 人物: 志村けんのファンで、好物は寿司・肉・白米。プロレス研究と自分磨きに励むJTO女子部のエース。
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●稲葉あずさ(2023年デビュー)
- ファイトスタイル: 実姉・ともか選手とのデビュー戦を経て急成長。「稲葉あずさの姉超」「一刀両断」といった技を駆使し、現在はスターダムのヒールユニット「H.A.T.E.」でも暴れ回る。
- 主なタイトル:第5代 JTO GIRLS選手権王者/第3代 NEW BLOOD タッグチャンピオン(パートナー:吏南)/QUEEN of JTO(第8代)
- 人物: 趣味は買い物で、好物は肉。10代ながら自主興行を開催するなど、次世代のエースとして注目されている。
【SNS】



更新日:2026年02月10日